Interview
磯田健一郎
後悔しないために。アンビエントだけではない磯田健一郎を形にした新アルバム『EPILOGUE』
80年代の環境音楽が世界で再評価される中、その時代に先駆的な作品を残した磯田健一郎さんに、少しだけ話を聞くことができた。とても嬉しい。
磯田さんは1962年大阪生まれ。1984年に『Oscillation Circuit』でデビューし、収録曲「Nocturne」は坂本龍一さんがイベントで使ったと伝えられている。90年代初めにヒーリング/ニューエイジのアルバムを6枚出したあとは、プロデューサー、作曲家として映画音楽や沖縄音楽、クラシックの仕事をしてきた。
最初に磯田さんの作品を知ったのは、ほかの若い世代と同じように、2023年の『Oscillation Circuit』の再リリースがきっかけだった。もともとは、東京農工大学に通っていた磯田さんが、芦川聡が設立したサウンド・プロセス・デザイン社に企画を持ち込んで生まれたアルバムだ。1984年にLPだけで約300枚が出て、長いあいだコレクターの間で幻の一枚とされてきた。今は散歩をする時によく聴いている。須川展也さんの滑らかなサックスが、エレクトリック・ピアノとオルガンに絡まっていくアンビエントで、つらいベルリンの冬の朝の通勤の景色まで楽しくしてくれる。
アンビエント以外では、2005年に「といぼっくす」というユニットで『Acoustic YMO』を出している。電子音を一切使わず、生楽器の響きだけでYMOの1stアルバムを丸ごとカバーしたアルバムだ。トイピアノや木琴、いろんなパーカッションが鳴る、「おもちゃ箱」みたいな音が温かくて気持ちいい。11月25日には、初めてのレコード化と全曲の配信が控えている。
今月10月30日には、新作『EPILOGUE』がイスタンブールのレーベルOathから出る。今はに住む磯田さんが、アンビエント/ニューエイジだけではない自分の音楽を形にしたというアルバムだ。先行配信の3曲を聴いて感動し、いてもたってもいられなくなって、磯田さんに連絡してしまった。磯田さんは、快く丁寧に引き受けてくださった。
インタビュー
Q1磯田さんの音楽を初めて聴く人に、ご自身の音楽をひとことで紹介するとしたら、どんな言葉になりますか。
難しいですね。ぼくはアンビエントやニューエイジの作家として知られてはいますが、プロの音楽人としてのキャリアの大部分はレコーディング・プロデューサーであり、作曲家です。「仕事」としてクラシックから現代音楽、民俗音楽、ロックバンドまで手がけています。作曲者としてもニューエイジから大規模なウインドオーケストラ作品、映画音楽まで手がけてきました。ですので、いま知られているのはごく一部の断片に過ぎないのです。つまりどのジャンルでも、好きなように感じ、好きなようにお使いいただければ満足なのです。
ご関心がある方むけに、ぼくの履歴があります。
Q2『EPILOGUE』はどんなアルバムになりましたか。タイトルを『EPILOGUE』とされたことには、どんな思いが込められているのでしょうか。また、どんな時間や場所で聴いてもらえたら嬉しいですか。
2023年に『Oscillation Circuit』をリイシューして以後、24年に90年代のニューエイジの仕事を再録音した『マジエルのまどろみ』、25年に90年代の仕事のコンピレーション『プリオシンの浜辺』と、三年連続で過去のアンビエント/ニューエイジの作品をリリースしました。しかしこれらはいずれも、ニーズがあるのであればリリースしましょうという、受動的な仕事です。ぼくにとってはリスナーのみなさんに喜んでいただきたいという気持ちで出したものでした。さんとの『Interwoven』も、敬愛するausさんに学ばせていただこうという姿勢で取り組みました。
『EPILOGUE』は、受動的なものだけではいけないなと考えて出した作品です。A面は従来のリスナーにも届く構成にしましたが、B面はエレクトロニカ風のヴォーカルナンバーや、映画のために書いたクラシカルな書法による室内楽も収録しています。先ほどの質問でお答えしましたが、ぼくのアンビエント/ニューエイジではない方向も形にしておかないと、死ぬときに後悔しそうだなという気持ちで作り始めたものです。「EPILOGUE」は二十年前に作曲した映画のための楽曲で、今回アルバムの最後におきましたが、いまご説明した意味もこめてアルバムタイトルに使用しました。
A面はどのような時間帯でも空間でも、自由に回していただくことを想定しました。B面も同じですが、個人的な思いとしては、深い夜に静かに聴いて頂ければとおもいます。
Q31曲目の「TANEKOMA」には、八丈島の山で録音されたタネコマドリの声が入っていると伺いました。磯田さんにとって、タネコマドリはどんな鳥ですか。島での思い出があれば教えてください。また、この曲をアルバムの最初に置かれたのは、どのような思いからでしょうか。
獣医師である妻(ぼくも大学では獣医学を学びました)が仕事をリタイアし、大好きなバードウォッチングを楽しみたいと希望して、へ二人で移住しました。八丈島には天然記念物であるアカコッコ、カラスバトなど珍しい鳥が数多く棲んでいるのです。もそのひとつですが、ヨーロッパのコマドリと違い、めったに人前には出てきません。ただ特徴的な彼らの歌声で、その存在を知ることができるだけです。

この曲はもともとは気候変動や自然災害へのチャリティの一環として書きました。ですが、2025年の台風による八丈島の甚大な被害により、タネコマドリの棲息する山が大きなダメージを受け、今も入山できません。現在のタネコマドリの生活は、まったくわからないのです。
このような事情から、ぼくは彼らに再び会う日への想いを込めて、アルバムの最初に置いたのです。
台風災害についてはこちらのブログを参照ください。
Q4今年はausさんとの『Interwoven』もありましたが、若い世代の音楽家と一緒に作ることは、磯田さんにとってどんな体験でしょうか。今回「STEPS」でさんの声が入ってみて、どう感じられましたか。
ぼくはずっとスタジオとライブハウスとコンサートホールで育ってきました。楽曲を制作するときは譜面を書きます。ausさんはどちらかといえばクラブカルチャーのなかで生きてきたかたですので、ぼくにはないアプローチと思考があり、おおいに学ばせていただきました。
園田さんはこちらからとくに参加をお願いしました。「STEPS」の単語による点描のような歌詞の書き方は、細野晴臣さんとさんのスケッチショウの楽曲「Chronograph」にヒントを得たものです。この断片的な歌詞に意味性と抒情性を与えられるヴォーカルは、文筆家でもある園田さんしかいないと考えて依頼したのです。結果は期待を上回る出来栄えで、とても満足しています。
園田さんとの対談:園田努(maya ongaku) x 磯田健一郎 トークセッション
Q5最近よく聴いているアンビエントの曲を、いくつか教えていただけますか。新旧は問いません。
まずアンビエントの遠い祖先といえるであろう、1300年代のフランスの作曲家、の作品。シンプルで清潔な旋律と和音により、この時代の教会を清冽な空気で満たすように設計された作品群は、教会の残響あってこその音響であり、まさに空間と環境に百パーセント寄り添った音楽作品だとおもいます。
またドビュッシーとその同時代人の響きは、いつ聴いても新鮮です。
最近のものですと、ファラオ・サンダース、ロンドン交響楽団をフィーチャーしたFloating Points『Promises』、それとさんの諸作品。
純粋なアンビエントではありませんが、細野晴臣さんの『Yours Sincerely』、maya ongaku『Nothing Space Music』という今年リリースされた二枚のアルバムには、アンビエントの思考を背景に置いた色彩が感じられる、稀に見る傑作だと思っています。
インタビューを終えて
リリースに先がけて、『EPILOGUE』からは3曲が先行で配信されている。
「」は、フルートとヴィブラフォン、メロディオンが重なるメロディーが切ない。特にフルートが入ってくるところがいい。その中に、時おりタネコマドリの声が入ってくる。
「」では、「目を閉じる」「開く」「閉じる」「遠く」「近く」「眠る」と、園田さんの声が言葉をひとつずつ置いていく。そこに重なる、グリッチとノイズが合わさったビートが左右にパンしながら聞こえ、耳を刺激して気持ちいい。
磯田さんによると、「」は80年代に弟さんのギターと一緒に4チャンネルのカセットテープに録った、アンビエントのデモが元になっているそうだ。そこにAiko Takahashiさんのピアノと磯田さんのヴィブラフォンを重ね、即興的に編集して仕上げた。本人いわく、アルバムの中で「最も古く最も新しい」アンビエント作品。フェルトピアノのような、掠れたピアノの音が美しい。
リリースの際は、ぜひアルバムを通して聴いてみてほしい。B面は、磯田さんの言う通り深い夜に。
丁寧に答えてくださった磯田さん、本当にありがとうございました。山に入れるようになって、磯田さんがまたタネコマドリの声に会える日が来ますように。
Interview: DJ COMEDOWN / Photo: Shigeharu Isoda